2018年2月25日日曜日

『一緒にいてもスマホ ―SNSとFTF』シェリー・タークル

 青土社。日暮雅通 訳。
 食事に出かけても、授業に出ていても、子供と遊んでいても、さらにはたったひとりで家にいるときでも、すぐにスマホに手を出してしまう。そこで失われてしまうものがある。そのうちの大きなものが、フェイス・トゥ・フェイス(FTF)の会話だという。著者は、原題『Reclaiming Conversation―The Power of Talk in a Digital Age』にあるように、会話の重要性について論じている。『一緒にいてもスマホ』という訳は、ちょっと違うニュアンスを感じる。
 本書は4つの椅子を軸に進んでいく。ヘンリー・デイヴィッド・ソロー が1845年に雑踏から逃れるために移り住んだ丸太小屋に設えられた3つの椅子、一つ目は孤独のための、二つ目は友情のための、そして三つ目は社交のためのこれらの椅子。さらに著者による四つ目の椅子。スマホは1人でじっくりと考え抜く時間を奪う。他人との会話においても、スマホに気をとられることで深い会話までたどり着かない。一緒にいる人との時間よりもスマホでつながっている遠くにいる人とのやりとりを優先する。それらの弊害について、数多くのインタビュー、研究を例にとり、検証していく。
 議論が深まらないというのはよくわかる。マルチタスクがいいものだという了解のあるこの世の中でもユニタスクには適わないという。でもそんなことよりも何よりも、フェイス・トゥ・フェイスの会話がなくなることで、共感能力が育たないということがとても恐ろしいことだと感じた。自分に向き合う時間もなく自分のことがわからない人たち、そしてその延長として他人の気持ちがわからない人たちが増産されていく。
 今では、Siriやスマートスピーカーなど、まるで人間のように反応をしてくれるロボットが浸透してきている。AIを使って精神科医の代わりを担うロボットまで開発されてきているという。これらは本当に人間の代わりになるというのだろうか。子供たちの子守としてロボットを与えることで、大きな人間的成長を奪うことにならないか。
 著者は今後のテクノロジーとの付き合い方に対して問題提起をし、会話の重要性を説く。決してスマホ等を否定しているわけではない。それらとどういう風に付き合っていけばいいのかについて提案しているのだ。今を生きる我々ひとりひとりが考えなければならない問題であるように思う。

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