2018年10月28日日曜日

『不死身の特攻兵』鴻上 尚史

 講談社現代新書。副題「軍神はなぜ上官に反抗したか」。
 太平洋戦争末期に、アメリカ軍の戦艦等に飛行機に乗ったまま体当たりを命じられた特攻兵。その中に、9度出撃命令が下ったにもかかわらず9回帰還した航空兵がいたという。本書はその人物、佐々木友次氏への取材等を元にした実際のそのときの状況と、そのインタビュ-記事、そして特攻など戦時に対する著者の考えなどをまとめたものの3部構成からなっている。
 お国のために自分の命をかけて志願して敵艦に向かっていった特攻兵。そんなステレオタイプが世に出回っているけれど、本当の状況はそういうものではなかったということがよくわかる。2行目であえて「体当たりを命じられた」と書いたのはそういうわけだ。訓練を受けて能力も経験もある兵士であればあるほど、特攻隊という戦略の無意味さを噛みしめていたという。佐々木氏は、敵艦を爆撃して生きて帰ってくることにこそ意味を見いだしていた(実際に撃沈もさせている)。しかし、帰還する度に、次は死んでこい、帰ってくるなと上官から責められ、次の出撃命令を受けていたのだという。死ぬことが目的化してしまったものが特攻隊なのだ。
 著者は、これら一連の出来事の底流には、命令する側、命令される側の非対称を指摘する。さらにもうひとつ加えるならば傍観する者。特攻兵が実際に感じていたことは特攻兵にしかわからない。しかし生き残った特攻兵の回想は、特攻兵ではなかった者から非難されることがあったりする。そんな気持ちで特攻兵が突撃していったはずはない、と。また、特攻を批判する声に対して、特攻兵に対する侮辱だと怒る人もいるが、それは命令をした側に対する批判を、命令される側であった特攻兵に対する批判だとすり替えているとも指摘している。戦後の東久邇宮首相による一億総懺悔発言は、この命令する側の責任をなかったものにしていると糾弾する。生まれたばかりの赤ん坊と戦争を進めた軍部の責任がまったく同じわけはないと。
 ともすれば美談として語られる特攻兵や戦時下の状況は、決して美談として片付けてはいけない、と強く考えさせられた。真実から目をつぶってはいけない。そして戦争の記憶を次の世代にもつなげていかなければならない。現代の日本の状況は、この頃とまったく変わっていない負の側面があるように感じる。気をつけないとまた同じことが起きる。

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