2018年11月20日火曜日

『なぜ世界は存在しないのか』マルクス・ガブリエル

 講談社選書メチエ。清水一浩 訳。
 世界は存在しない。しかしそれ以外のあらゆるものが存在する。これが著者の主張である。おそらくこのブログ記事を読んでいる人は、わけがわからないと思うにちがいない。簡単にロジックをまとめるとこんな感じになる。
 「世界とは、物の総体でも事実の総体でもなく、存在するすべての領域がそのなかに現れてくる領域のこと」だ。ハイデガーの言葉を借りれば、世界とは「すべての領域の領域」(著者は世界のこの定義を後に「意味」という言葉を使って多少アップデートしているが、ここでの議論にはあまり影響しないので、大体こんなことだと思っていても問題はない。)にほかならない。だとすれば、この「世界」の中には「世界」そのものも入っていなければならない。そうすると、最初の「世界」の定義に矛盾が生じる。自分自身の中に自分自身も入っている総体って何だ?というわけだ。つまり、世界は存在しない。以上。
 著者の立場は、「新しい実在論(新実在論)」である。形而上学のような「すべてを包括する規則が存在」するという立場も、構築主義のような、それらの規則、あるいは事実を我々は確認することはできず、「解釈だけが存在する」という立場も否定する。物や事実は存在するけれども、それを包括する規則は存在しない、という立場をとる(のだと思う。きっと)。そして、自然科学や宗教、芸術などについて、新しい実在論という視点から解釈していく。
 正直なところ、私にはよくわからなかった。例えば自然数の最大値というものはうまく定義できないのかもしれないけれど、それを含む全体を指す「自然数」は存在するのではないのか。とすれば、「存在するすべての領域がそのなかに現れてくる領域」を指す「世界」もまた存在するとはいえないか。それとも著者は「自然数」という個々の数値は存在するけれども、自然数全体を指す「自然数」は存在しないというのか。またはこんな疑問も出てくる。そもそも著者のいう「世界」という言葉の定義自体が間違っているんじゃないのか、とか。う~ん、私はまだまだ哲学的思考には慣れていないようだ。訳文はこなれていてとても読みやすいのに、内容についていけない。

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