2018年12月29日土曜日

ボトルネック

 この写真を見てこれが何かがわかった人は、ギターが好きな人か、音楽がとても好きな人なんだと思う。
 スライドギターとかボトルネックギターと呼ばれる演奏に使うスライドバーです。右はこれまで私が使っていたもので、左が今回試しに購入したもの。これまでのものは名前のとおり「ボトルネック」で、ワインの首を自分でカットして作ったスライドバー。
 市販品は今まで使ったことがなかったので、どうなのかなあと思って買ってみました。バーはまっすぐだし軽いので、とても扱いやすくて指も疲れないのは確か。でも音は自作の方がウォーミーできれいなサウンドが得られると思う。もしかすると慣れのせいで新しいのを使いこなせていないのかもしれないけれど。しばらく併用してみようかと思う。

2018年12月22日土曜日

『魅せられし心』ヒラリー・コール

 2009年。Hilary Kole, “Haunted Heart”。
 ヒラリー・コールは実は初めて聴いたんだけど、これがデビュー・アルバムだということで、こんなに最近の人だと知ってびっくりした。もっと昔の人だと思っていた。彼女はジャズシンガーで、このアルバムはヴォーカルの他にピアノ、ギター、ベース、ドラムスの構成となっている。最後にボーナストラックがあって、この『Windmills of Your Mind』だけはピアノ弾き語りだ。
 最初聴いたときは、歌は滅茶苦茶うまいけど、ふつうだなと思った。レストランとかでBGMとしてかかっていそうで、特徴があまりなくて食事を邪魔しなくていいかも、と思った。最初の曲を『It's Love』にしたのは、掴みとしては最高の入りで大成功だとは思ったけれど。
 でもずっと聴いていると、これが実にいい。かみ続けるとだしが出てくるみたいな感じで、じわじわと味わい深さが心に染みてくる。なんだろう。聞き流すこともできるんだけど、ちゃんと聴くと、いつの間にかどんどん惚れ込んでいく自分がいる。ほとんどの曲が昔からのトラディショナルな曲なんだけど、それをまるで大御所が余裕を持って扱うかのように堂々と歌い上げている。時にスウィンギーに時にしっとりと。今まで聴いていなかったのは、食わず嫌いでもったいなかったなと、いたく感じた。

2018年12月21日金曜日

『2万回のA/Bテストからわかった 支持されるWebデザイン事例集』鬼石真裕、KAIZEN TEAM

 技術評論社。
 A/Bテストとは、どのようなホームページが訪問者に支持されやすいのかを、A、Bの2種類のホームページを用意して、無作為に誘導してその後の買い物動向などを調べるテストのことである。例えばそれは買い物してくれることだけじゃなくて、入会してくれるだとか、動画を観てくれるだとかいったことも含まれる。本書では実際の会社等のホームページにおいてA/Bテストをして得られた結果を、2択のクイズ形式にして解説している。AとBのどちらが会員登録数を増やせたでしょうか、のように。
 見やすいレイアウトで、クイズの後にはそれが支持された理由を考察してあったりするので、ホームページデザインの参考にはなる。でもその理由というのはやっぱり後付けの理論であって、本当にそうなのかは実はわからない。だってその理由が最初からわかっているのだったら、そもそもA/Bテストなんかしなくたって、顧客をきちんと誘導できるわけだから。他に気になったのは、テスト結果はBが支持されて142%の改善率が得られました、なんて書いてあるんだけど、そのときにAが何パーセントの改善率だったのかが書いていないので、比較にならないじゃないかと思った。
 そんな疑問点はいくつかあるのだけれど、訪問者に支持されやすいWebデザインの傾向みたいなものはなんとなくわかったので、今後の役には立ちそうだ。

2018年12月20日木曜日

『爆音の去った街角で』詩月あき

 沖縄のとある町の風景です。レンタカーで移動中に、あ、いい、と思って連写したものをもとにしているので、正確にどこの景色なのかはよくわかりません。
 このところファンタジー寄りの絵を描くことが多いですが、昔はこういう感じの透明水彩で描いた風景ばかりでした。荒目の水彩紙にささっと描くのが好きでした。たまには原点回帰してみたくなります。

2018年12月18日火曜日

『「決め方」の経済学』坂井豊貴

 ダイヤモンド社。副題「「みんなの意見のまとめ方」を科学する」。
 大勢集まって何かを決めようとするとき、みんなの意見がまとまればいいけれどまとまらないときがある。そんなとき私たちは安易に多数決で決めようとするけれど、多数決がみんなの意見を反映しているとは限らないことをこの本は教えてくれる。
 自分の家にたくさんの侵入者がやってきて、ここは俺たちの家だ、多数決で決めようなんて言ったとする。その場合、自分よりも侵入者の方が多いんだから、家を乗っ取られかねない。この論理がおかしいことは誰でもわかると思うのだけれど、じゃあなぜおかしいのかと言われると、言葉に窮してしまう人が多いのではないだろうか。私もそのひとりだ。
 決め方にはいろいろある。この本ではそのうちのいくつかを紹介している。選挙で政治家を選ぶとき、一番いい人に3点、その次にいい人に2点、その次は1点と点数をつけて、その合計で決めるボルダ・ルール。総当たり戦で成績のいい人を選ぶやり方。決選投票などだ。そうすると、決め方によってまったく違う結果になったりする。1対1だと全員に勝てる「ペア勝者」が、そうでない決め方だと負けてしまったりする。そういう変なことが実際に起こるということを、簡単な実例を挙げて、とてもわかりやすく解説している。
 決め方で結果が変わるということは、決め方を自由に決めることができる人がいると、悪用されるということでもある。そうならないために、どんな決め方が「よりよい」のか、著者の考えも示されている。この本で述べられているように、絶対的に正しい選び方というのはないのだけれど、「よりよい」決め方はあるはずだ。そういう著者の思いが伝わってくる。

2018年12月13日木曜日

『泥棒美術学校』佐々木 豊

 芸術新聞社。
 著者は油彩画家(だと思う。油彩以外の絵を私が知らないだけかもしれないが)。タイトルは、プロの画家も、いろんな人の絵やイラスト、写真などから、構図や色彩といったものを盗んで描いているんだよ、というところから来ている。
 画家といってもいろいろな作風があるけれども、それらを紹介しつつ、では著者はどうやって絵を描いているのかということを、実際に本人の口から解説している。何を描くか。イメージは?構図は?色彩は?絵肌は?といった感じで、絵が完成するまでの過程全体について、著者の考え方を披露している。
 彼の画風が好きかどうかは、かなり意見が割れると思う。実際私も好きかといわれれば、微妙と答えるだろう。また女性に対する偏見も多少感じられなくもない。とはいえ、絵について書かれていること全般に関しては、ほぼ著者の考えに同意する。彼の言うとおりに今までも描こうとしてきたし、これからもその方向性を見失わないようにしていきたいと思っている。今のところまったくその領域には足を踏み入れることができないからそう思うのだけれど。
 私がこのような感想を本書から抱くのは、もしかすると過去に受けた通信教育の影響かもしれない。というのも、著者は私が習っていた講談社フェーマススクールズのスーパーバイザーをしていたからだ(今、この学校は閉鎖している)。この通信教育の教育方針と佐々木の美術論が同一方向を向いていても何の不思議もない。というわけで、私個人としては当時の復習になったし、改めて初心に返ることができたので、この本はとても楽しく読むことができた。私のような万年初心者の人には読むことを勧めたいのはやまやまだけれど、ちょっとひいき目が入ってしまっているだろうから、推薦はしづらい。ご興味があれば立ち読みでも。

2018年12月9日日曜日

『憎まれっ子 世に憚る』あいみょん

 2015年。セカンドミニアルバム。7曲だけだけれど、そんなにミニという感じはしない。フルアルバム並の聴き応えはある。
 メロディや声は相変わらずいいです。ちょっとフォーキーなところもあるロックポップみたいな感じ。こういうキャッチーな曲の上に乗っている歌詞はいかにもあいみょんらしく、ドストレートな率直な10代女子の心を隠すことなくさらけ出している(このアルバムが出たときは20歳だったらしいし、実際にお酒を飲んだときの曲もあるのだけれど、全体的には10代という感じがする)。アコースティックギターのバッキングにエレキギターのリフがはまっている。
 私は言いたいことをオブラートに包むことが多いので、こういう感情を前面に押し出してくれる彼女の曲には憧れる。

『勘違いをなくせば、あなたのホームページはうまくいく』中山 陽平

 技術評論社。副題「成果を上げるWeb制作・ネット集客・販促戦略の心構え」。
 ホームページづくりのデザインの本だと思っていたのだけれど、そうではなかった。これはマーケティングの本です。
 ネット専門家(パートナー会社)との付き合い方、社内体制・ウェブ担当者についてのあるべき姿、ホームページを作る時に気をつけること(デザイン・コンテンツ)、広告やSEOについてのこと、アクセス解析の考え方、オフライン販促との関係性。そんな内容が、この本には書かれている。個別・具体的な話というよりは、ウェブを使った販促を考える前に考慮すべき心構え、考え方みたいなものについて書かれている。
 わりと当たり前の話ばかりに感じるけれど、確かに今までいろんなウェブサイトを見てきて、本書で書かれているようなことを実践していないがために、残念だなあと感じたり、あ、このページ見たくない、ここでは買いたくないと感じるサイトはよく見かけるかもしれないと思った。自分のサイトは販売促進のためのサイトではないので、必ずしもここに書かれていることをそのまま実践するには齟齬があるのだけれど、それでもまだまだ改善の余地はあるなと感じた。そもそも私のサイトは、存在の目的がよくわからないという致命的な欠点があることは痛感した。今度の冬休みは、ホームページのリニューアル構想を練ってみようか。

2018年12月5日水曜日

『有元利夫 絵を描く楽しさ』有元利夫、有元容子、山崎省三

 とんぼの本(新潮社)。
 中世のフレスコ画のようなマチエールと雰囲気を持った絵画を描いた有元利夫。彼は40歳になる前に病気で早世してしまったのだけれど、そんな彼を惜しむかのように本書は編まれている。なにしろカラー図版がとても多い。有元利夫の入門書といっていいくらいだ。そこに生前の有元自身や、妻の容子から見る有元利夫が語り尽くされている(山崎の文章はそんなに多くはない)。子供の頃から芸大時代、そしてサラリーマンを経て画家の道を辿る彼の人生が、ここにはある。その間、絵とどのように向き合ってきたのか。何を考えて生きてきたのか。それらが、飾り気のない素直な言葉で語られている。
 彼は油絵具じゃなくて岩絵具を使っていた。日本画というか仏画の影響があるらしい。でもマチエールはフレスコ画である。しかも本当に何百年も前に描いて年を経たかのような歴史を感じさせる。彼の作品の多くは、無表情で首と腕が太くて不格好な人物が不思議なシチュエーションの中に置かれていたりする。デッサンが狂ってると思う人もいるかもしれないけれど、そうじゃない。あのピカソだって、本当はデッサンの達人だったろう。
 なんともいえない捉えがたい雰囲気のこれらの作品を観ていると、まるで自分が現代でもなく中世でもない時代を超えた空間に身を置いているかのように感じる。そんなふうにこの幻想的な世界に浸っていると、ふいに自分が「絵を観る楽しさ」を味わっていることに気づく。そしてこのことは、有元利夫の「絵を描く楽しさ」に容易に反転する。
 有元ファンといわずとも、この「絵を描く楽しさ」を本書を読むことで味わってみてはいかがだろうか。

2018年12月2日日曜日

『ピースサイン』(米津玄師)をソロギターにしてみた

 米津玄師さんの『ピースサイン』をソロギターにしてみました。カポ3で原曲キーと同じE♭になります。原曲の雰囲気を残すことを心がけましたが、難しくなりすぎないように伴奏部分はシンプルにしています。たぶん初中級から中級レベルくらいです。
 ただ、メロディの音域がギターの音域とは相性がよくないので、本当なら4度か5度位上げてアレンジした方がアレンジの幅は広がったと思います。米津さんの曲は音数が多すぎて、ギター1本で弾けるようにするには、あんまり凝ったアレンジができないですね。

2018年11月24日土曜日

『とっておきの休日』詩月あき

 長崎の観光スポット「眼鏡橋」に行くには、電停の「市民会館」か「めがね橋」のどちらかの停留場で降りると近い。しかしこの絵のロケハンをしたときは、この「めがね橋」停留場の名前は「賑橋」だった。だから、絵の中でも以前の電停の名前を入れてみた。その方がノスタルジックな感じもするし。名称変更は2018年8月1日からだったらしい。ちなみに「市民会館」停留場も、私が行ったときは「公会堂前」だった。
 画材はペン、マジック、透明水彩で、大きさはB3判です。長崎をよく知る人は、この絵の風景が実際とはかなり異なることにお気づきになるかもしれない。建物群のみならず、太陽がこの位置にあることはあり得ない、とか。でも私はこの停留場を描きたかったのではなく、この女性がこの電車に乗って向かう未来のことを描きたかったので、実際と違ったっていいじゃないですか。

『巖茶大紅袍(2015?)』遊茶

 がんちゃだいこうほう。「岩茶」とも。中国福建省武夷山でとれる青茶(烏龍茶)のうち、規格で認められたお茶は武夷巌(岩)茶を名乗ることができるだけれど、その中で特に優れたものを四大名欉(そう)と呼ばれたりする。大紅袍はそのうちの筆頭といわれるもので、他の3つは鉄羅漢、水金亀、白鶏冠である。樹齢400(300年?)もの母樹は4本しかないらしく、出回っている多くのものは第2、第3世代のものだという。だからきっと今飲んでるこのお茶も、原木ではないはずだ。
 甘くてどっしりとした岩韻がしっかりと出ていて、とてもおいしい。もう10年以上も前のことだったと思うけれど、今は閉店してしまったとあるお茶の専門店で飲ませてもらって以来、中国茶の中ではこの大紅袍が一番好きなお茶だ。値が張るのでふだんはなかなか飲めないのだけれど、昨年の年末年初福袋に入っていて、小躍りしてしまった。でも飲むのがもったいなくて、封を開けるのがこんな時期までかかってしまったというわけだ。
 同じ大紅袍でも店によってかなり値段が異なるので、もしかすると質は違うかもしれない。でもこの遊茶の大紅袍は間違いなくおいしいと思う。

遊茶』東京都渋谷区神宮前 5-8-5

2018年11月23日金曜日

『かんがえる子ども』安野 光雅

 福音館書店。
 言わずと知れた画家の安野光雅によるエッセイ。はじめ、これが子供に向けた本なのか大人に向けた本なのかよくわからなかった。でもそんなことはどうでもいいんだということが、すぐにわかった。漢字にはふりがなが振っていないけれど、誰にでも読んでもらいたいと思った。
 子供の立場から見た世界、そして大人から見た世界とをくらべると、こんな違いがあるんじゃないか。大人は子供に対してこうやって接した方がいいんじゃないか。考えるということはどういうことだろう。今、自分で考えない人が増えていやしないか。学ぶってどういうことなんだろう。
 そんないろんなことを、やさしい言葉で読者に問いかける。決して押しつけではないけれど、著者の素朴な、また真摯な生き方、考え方が伝わってくる。そうだからこそ、あんな素敵な絵を描けるのかな、と思ったりもする。画家の絵にも人間性にも惹かれます。

2018年11月20日火曜日

『なぜ世界は存在しないのか』マルクス・ガブリエル

 講談社選書メチエ。清水一浩 訳。
 世界は存在しない。しかしそれ以外のあらゆるものが存在する。これが著者の主張である。おそらくこのブログ記事を読んでいる人は、わけがわからないと思うにちがいない。簡単にロジックをまとめるとこんな感じになる。
 「世界とは、物の総体でも事実の総体でもなく、存在するすべての領域がそのなかに現れてくる領域のこと」だ。ハイデガーの言葉を借りれば、世界とは「すべての領域の領域」(著者は世界のこの定義を後に「意味」という言葉を使って多少アップデートしているが、ここでの議論にはあまり影響しないので、大体こんなことだと思っていても問題はない。)にほかならない。だとすれば、この「世界」の中には「世界」そのものも入っていなければならない。そうすると、最初の「世界」の定義に矛盾が生じる。自分自身の中に自分自身も入っている総体って何だ?というわけだ。つまり、世界は存在しない。以上。
 著者の立場は、「新しい実在論(新実在論)」である。形而上学のような「すべてを包括する規則が存在」するという立場も、構築主義のような、それらの規則、あるいは事実を我々は確認することはできず、「解釈だけが存在する」という立場も否定する。物や事実は存在するけれども、それを包括する規則は存在しない、という立場をとる(のだと思う。きっと)。そして、自然科学や宗教、芸術などについて、新しい実在論という視点から解釈していく。
 正直なところ、私にはよくわからなかった。例えば自然数の最大値というものはうまく定義できないのかもしれないけれど、それを含む全体を指す「自然数」は存在するのではないのか。とすれば、「存在するすべての領域がそのなかに現れてくる領域」を指す「世界」もまた存在するとはいえないか。それとも著者は「自然数」という個々の数値は存在するけれども、自然数全体を指す「自然数」は存在しないというのか。またはこんな疑問も出てくる。そもそも著者のいう「世界」という言葉の定義自体が間違っているんじゃないのか、とか。う~ん、私はまだまだ哲学的思考には慣れていないようだ。訳文はこなれていてとても読みやすいのに、内容についていけない。

2018年11月17日土曜日

『My Way』Willie Nelson

 2018年。ウィリー・ネルソン。
 全編フランク・シナトラ(Frank Sinatra)のレパートリーからとられている。最初の曲が『Fly Me To the Moon』で最後の曲が『My Way』という、まさに王道の選曲。それをネルソンらしい、おじいさんが優しく語りかけてくれているかのような歌声で、カントリーチックに料理してくれている。『What Is This Thing Called Love』の1曲だけだけれど、ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)が参加している。
 もうウィリー・ネルソンは85歳にもなるそうで、この年になってもこうやって音楽をやっていけるのってすごくいいなあと、感慨深い。

2018年11月8日木曜日

『国家がなぜ家族に干渉するのか』本田由紀、伊藤公雄 編著

 青弓社。副題「法案・政策の背後にあるもの」。
 この本で述べている「国家」は、一般的な「国家」のことではなく、現代日本、特に戦後の自由民主党政権、さらには現安倍政権のことを指しているとみてよい。著者らは、ここ数年の家庭教育支援法案、親子断絶防止法案、自由民主党の憲法改正案(特に24条)、内閣府の婚活支援政策などが、日本社会の家族のあり方を大きくゆがめる方向に進めているのではないかという問題意識からシンポジウムを企画し、その内容を本書に起こした。
 この人口減少社会において、結婚、出産、教育に至るまで国家が家族をサポートしていくことや、離婚後に親権を持たない親も子供ときちんと会えるようにすることや、家族みんなで助け合って生きていこうという施策が行われることは、一見何の問題もなく、むしろ盛り上げていった方がいいんじゃないかとさえ思える。しかし、そうではない、危険なことなんだということを、彼らは読者に訴えている。
 どういうことか。ニュアンスの違いを恐れずにあえて単刀直入にいうと、今の国家は「個人」の権利を剥奪し、「家族」に責任、義務を押しつけ、「家族」を国家に組み込もうとしているのだという。乱暴にいえば、今の国家は国民に対して、国のために結婚、出産をし、生まれた子供には愛国心、郷土愛を植え付け、自助・共助によって生きていくことを強制しようとしているということだ。
 私は個人の権利はきちんと認めてほしいので、個人あっての家族だし、個人あっての国家だと思っている。しかも現代では家族のあり方は多様であり、結婚するか、シングルのままでいるかは自由だし、パートナーが男女のペアである必要性もないと思うのだ。本書で述べているように、国家は家族に「介入」するのではなく、保護し、見守ってほしい。家族のあり方を国家に強制されたくはない。そういう感想を持てたのは、本書が法案や政策等の問題点をかみ砕いて説明してくれたお陰だ。政治のことなんかどうでもいい、社会のことなんかどうでもいいなんて考えて生きていると、知らないうちに個人の自由、権利等が制限されて、身動きがとれなくなってしまうかもしれない。だから、皆がもっと政治に興味を持ち、監視していかなければならないと強く感じた。「法案・政策の背後にあるもの」をきちんと把握した上で、その法案・政策に賛成するか、反対するかは当然個人の思想の自由であるが、その前提として、政治にもっと興味を持たないと、と思う。

2018年11月6日火曜日

『Heart First』Halie Loren

 2011年。ヘイリー・ロレン。
 一応ジャズヴォーカル作品に分類されると思うのだけれど、ちょっとポップスっぽい親しみやすさがある。もしかするとそれは収録曲のせいかもしれない。オリジナルもあるけれど、ミュージカルやシャンソン、レゲエ、ラテン、ロックなど、さまざまな出自の曲であふれている。でもやっぱりジャズだなとは思う。ニール・ヤングの曲が、ジャジーに跳ねている。
 彼女の歌は肩の力を抜いて気楽に奏でているように聞こえるんだけど、その力の抜き加減が絶妙で、さりげなくファルセットをまぜてくるあたりさすがだなと思う。バックのギターやピアノ、アコーディオンもお洒落で、全体としてバランスのとれた聴きやすいアルバム。

2018年10月30日火曜日

『自衛隊防災BOOK』マガジンハウス

 マガジンハウス。
 地震、台風、大雨など、災害大国でもある日本。そこで、危機管理のプロである自衛隊に防災テクニックを習いましたという体で、100の防災に関するポイントを掲載している。日頃の備え、発災時に役立つこと、被災時に役立つこと、日常生活に役立つことに分けて、解説している。
 自衛隊ならではというものもあるが、一般的に誰でも知っておいた方がいいという項目も多い。ただ、この100項目の選び方は、やはり危機管理のプロの視点が反映されているだけあって、かなり有用な知識ばかりだと思った。地震時に身をかがめて小さくなるのではなく、上に注意せよだとか、山で道に迷ったら下界に向かうより上に向かっていい方がいいなど、目から鱗的なネタで詰まっている。
 中にはイヤホンを絡まず結ぶ方法とかブーツをピカピカにする方法とか、防災と何が関係あるのかよくわからないものもあったり、ロープの結び方などわかりづらい説明のところもあるけれど、総じて役に立つことが多いと思う。手元に置いておく価値はある一冊。

2018年10月28日日曜日

『鼓動する日本画 CONNECT』北翔大学北方圏学術情報センターポルトギャラリー

 2018年10月27日~11月11日。
 2011年に道内作家6名が企画を立ち上げ、2013年から開催している「鼓動する日本画展」が今年もやっていたので行ってみた。
 日本画って何?という議論は以前からあって、その定義づけは不可能だし不毛だよね、という一応結論なのかなんなのかよくわからないけれど、そんな結論らしいものは出たんだけど、やっぱり今でも「日本画」と称して作品はたくさん生み出されてるし、日本画は生きてるよね、という了解のもと、この展覧会は開かれるようになったらしい。それが「鼓動する」という言葉に込められているんだけど、まあ難しく考えないで、岩絵具と膠が使われていればいいじゃん、ということらしい。こういう書き方をすると主催者の意図がきちんと伝わらないのかもしれないので、ちゃんとパンフレットを引用すると、「岩絵具と膠を用いた制作物の、日本画としての臨界点を見極めようとする鋭いまなざし」がここにはある。
 その視点を念頭にこの展覧会を眺めてみると、実におもしろい。立体作品あり、マンガありアニメあり、正統的な日本画の概念に近い作品もあれば、一見日本画には見えないものもある。日本画に見えたとしても油断はできない。デジタルで描いたものを印刷したものだったりする(お絵描きソフト「SAI」でここまで描けるのか、と驚く)。もうこうなってくると、マンガやアニメもそうだけど、岩絵具も膠も使っていないじゃないか、ということになってしまうのだけれど、やっぱりそこには日本画の精神が宿っているように見えてくるのだから、不思議でしょうがない。こんなことを言ってる自分自身が「日本画の精神」が何ものかわかってないくせに、そう思わせてしまうところに、この展覧会のおもしろさがある。ひとつひとつの作品について感想を書いてみたい気持ちは山々なんだけど、すごく長くなってしまいそうなので、以下に出展作家を記載しておく。ちなみにワークショップやギャラリートーク、シンポジウムも開かれている。

【出展作家】
蒼野甘夏、朝地信介、上野秀実、紅露はるか、平向功一、水野剛志、吉川聡子
(以下、招待作家)久保奈月、中村あや子、外山光男、松浦シオリ、ヤマモトマナブ

「北翔大学北方圏学術情報センターPORTO」札幌市中央区南1条西22丁目1-1ポルトギャラリーA、B室

『不死身の特攻兵』鴻上 尚史

 講談社現代新書。副題「軍神はなぜ上官に反抗したか」。
 太平洋戦争末期に、アメリカ軍の戦艦等に飛行機に乗ったまま体当たりを命じられた特攻兵。その中に、9度出撃命令が下ったにもかかわらず9回帰還した航空兵がいたという。本書はその人物、佐々木友次氏への取材等を元にした実際のそのときの状況と、そのインタビュ-記事、そして特攻など戦時に対する著者の考えなどをまとめたものの3部構成からなっている。
 お国のために自分の命をかけて志願して敵艦に向かっていった特攻兵。そんなステレオタイプが世に出回っているけれど、本当の状況はそういうものではなかったということがよくわかる。2行目であえて「体当たりを命じられた」と書いたのはそういうわけだ。訓練を受けて能力も経験もある兵士であればあるほど、特攻隊という戦略の無意味さを噛みしめていたという。佐々木氏は、敵艦を爆撃して生きて帰ってくることにこそ意味を見いだしていた(実際に撃沈もさせている)。しかし、帰還する度に、次は死んでこい、帰ってくるなと上官から責められ、次の出撃命令を受けていたのだという。死ぬことが目的化してしまったものが特攻隊なのだ。
 著者は、これら一連の出来事の底流には、命令する側、命令される側の非対称を指摘する。さらにもうひとつ加えるならば傍観する者。特攻兵が実際に感じていたことは特攻兵にしかわからない。しかし生き残った特攻兵の回想は、特攻兵ではなかった者から非難されることがあったりする。そんな気持ちで特攻兵が突撃していったはずはない、と。また、特攻を批判する声に対して、特攻兵に対する侮辱だと怒る人もいるが、それは命令をした側に対する批判を、命令される側であった特攻兵に対する批判だとすり替えているとも指摘している。戦後の東久邇宮首相による一億総懺悔発言は、この命令する側の責任をなかったものにしていると糾弾する。生まれたばかりの赤ん坊と戦争を進めた軍部の責任がまったく同じわけはないと。
 ともすれば美談として語られる特攻兵や戦時下の状況は、決して美談として片付けてはいけない、と強く考えさせられた。真実から目をつぶってはいけない。そして戦争の記憶を次の世代にもつなげていかなければならない。現代の日本の状況は、この頃とまったく変わっていない負の側面があるように感じる。気をつけないとまた同じことが起きる。

2018年10月24日水曜日

『Songs for Ellen』Joe Pass

 1992年録音。ジョー・パス。
 死の2年前、ガットギター1本だけで奏でられたジャズギターのアルバムで、『Unforgettable』(私の記事)と同日に録音されている。とても自由な指さばきで軽々と弾いていて、音数もかなり多いのに、ゆったりとして静かな雰囲気のアルバムになっている。メロディと伴奏、ベースがきちんと分離しているから、ごちゃごちゃして聞こえないのだと思う。15曲収録されていて、中には『The Shadow of Your Smile』『I Only Have Eyes for You』『How Deep Is the Ocean』『Blue Moon』のような、どこかで一度は耳にしたことがあるような有名曲もちらほら入っている。2曲目は『Song for Ellen』で、アルバムタイトルももちろんこれから採られたものだけれど、とてもきれいで素敵な曲だ。エレンは奥さんの名前だ。
 彼はエレキギターを使った演奏も多いけれど、晩年は鉄弦やナイロン弦の生の音を好んで録音するようになったという。これもそのナイロン弦の生音のやさしさ、微妙なタッチがよくわかるアルバムになっていて、まるでリビングのソファに軽く腰掛けて弾いている彼のギターを隣で聴いているかのような、アットホームな暖かさに包まれている。

2018年10月20日土曜日

『お気に入りの帽子』詩月あき

 B2判(728×515mm)。この大きさの絵を描いたのは4月に港の風景を水彩で描いて以来。主題はアクリルガッシュを使っていますが、背景だけふつうのアクリル絵の具も使っています。アクリルガッシュはマット(艶なし)な感じなのですが、最後にグロスバーニッシュという艶出し保護剤をかけたので、全体的にテカった仕上がりになっています。マットバーニッシュの方がいいのかな、と悩んだ上での選択です。あと、写真ではわかりづらいですが、背景以外はモデリングペーストを使っているので、ちょっと盛り上がっていて、ペインティングナイフの跡が残っています。そういう質感は実物を見てもらいたいなと思っているのですが、なかなか簡単には見てもらう機会はないですね。
 サバンナに住む動植物に統一したかったので、マサイキリンとサバンナモンキーの子供とアカシアをモチーフにしたのですが、デフォルメしすぎて、キリン以外はなんだかよくわからなくなってしまいました。以前は水彩スケッチばかり描いていたのですが、最近自分の絵の方向性がよくわからなくなっています。いつになったら自分のスタイルが固まるんだろう。

2018年10月18日木曜日

『月刊MdN 2018年11月号』MdN編集部

 特集は「明朝体を味わう。」。付録小冊子として、「明朝体テイスティングリスト」という書体見本帳がついている。このリストは特集と連動していて、取り上げられている27書体すべての見本帳となっている。
 とても素敵な特集。築地体や秀英体に始まり、石井中明朝体や本明朝、A1明朝、リュウミン、筑紫明朝など、27書体の成り立ち、つくられた背景、その書体の持っている雰囲気などが、小宮山博史さん、藤田重信さん、小塚昌彦さん、祖父江慎さんといった錚錚たるメンバー(彼ら以外にもすごい人たちがいっぱい)への取材を元に解説されている。この特集を読むと、明朝体の歴史がわかるといってもいいくらい、詳しく、しかもわかりやすく書かれている。私は絶対フォント感は持っていないので、それぞれの書体をきちんとは見分けられない。でもすごくおもしろい。光調という書体だけ知らなかったけど、なんとあの田中一光さんのレタリングを元にした字だった。
 惜しいのは、それぞれの書体の解説ページのタイトルや本文文字、吹き出し文字が、その解説書体ではないことだ。この特集全体のテイストを揃えるためだとはいえ、もっとバリバリと露出してほしかった。精興社書体や石井中明朝体など、雑誌に印刷するのが難しそうなのは確かにあるのだけれど。あと、似顔絵がちょっと若づくりすぎやしないかとも思ったが、それも愛嬌だろう。
 それぞれの書体について思うところはたくさんあるのだけど、また機会があれば記事にしたい。文字好きにはたまらない一冊です。

『Love Dance』Romero Lubambo

 2000年。ホメロ・ルバンボ。ブラジルのジャズ・ギタリスト。
 本作には、インスト3曲と歌もの3曲が収録されている。歌っているのは奥さんのパメラ・ドリッグス(Pamela Driggs)。伸びやかで美しい声が印象的だ。明るくにぎやかな『By the Brook』、エレクトリックな都会的な雰囲気を持ちながらも、ブラジリアンな香りも漂うバラード『Love Dance』、ブラジルの女性シンガー・ジョイスに捧げた『Re:Joyce』で参加している。実はこの『Re:Joyce』が聴きたくてこのアルバムを買っていたりする。
 ギター主体のインストは、静かなしっとり系バラードの『NOS』、スペインのヴァレンシア地方の印象を綴ったさわやかな『Valencia I』、やわらかなギターの音で渋いメロディと素敵なアドリブを披露した『The Look of Love』から成る。
 ホメロ・ルバンボのギターはちょっと荒い感じがすると今まで思っていたのだけれど、このアルバムはとても丁寧に奏でられている印象を受けた。クラシックとブラジル音楽の素養を持つジャズ・ギタリストとして、私の好きなギタリストのひとりだ。

2018年10月17日水曜日

『微燻正山小種(2015)』遊茶

 びくんせいざんしょうしゅ。中国で一番古くからある紅茶だといわれている。後にヨーロッパ等で「ラプサン・スーチョン」と呼ばれるようになり、今ではこの片仮名の呼び方の方が通りがいいと思う。松の樹皮の燻香のついた独得の香りと風味が特徴だけれど、この香りは元々は偶然ついたものだという。
 ラプサン・スーチョンを初めて飲む人は、おそらく、なんだこのお茶、と感じることが多いことかと思う。それが飲んでいるうちに、その捉えがたい魅力にとりつかれてしまうことになるのだけれど、この『微燻正山小種』は、初めての人でもすぐにおいしく感じるのではないだろうか。やわらかでほのかな燻香は、他の紅茶メーカーから出ているラプサン・スーチョンとは違って刺激が少なく、穏やかに口の中を泳ぎ鼻をくすぐる。遊茶によると、このお茶のように昔ながらの製法でつくられている正山小種は数が少ないということらしいから、きつい香りはヨーロッパの人たちの好みに合わせたものなのかもしれない。もしくは「微燻」とわざわざ銘打っていることから、このお茶は元の正山小種よりもかなり抑えめに香りをつけているだけなのかもしれないが。
 香りを楽しめるだけでなく、味も甘さが際立っていて、とてもおいしい紅茶。

遊茶』東京都渋谷区神宮前 5-8-5

2018年10月13日土曜日

『tamago』あいみょん

 2015年。
 1曲目の『貴方解剖純愛歌~死ね~』から、いきなり強烈なパンチを喰らう。この曲がデビュー作らしいのだけれど、愛をこんな形で表現してしまう「あいみょん」というシンガーソングライターの行く末が恐ろしい。私は邦楽を聴くときもあまり歌詞が耳に入ってこない方なのだが、彼女の歌はまっすぐに心臓めがけてやってくる。
 実はそんな直球勝負の素直すぎる歌詞だけだと、そんなに好きにはならなかったのかもしれない。その歌詞を乗せているメロディやアレンジ、そして彼女のちょっとがさつな自然な歌声もまた、私の心を虜にする。
 ときどき自分の音楽的趣味がわからなくなる。きっと私は雑食なのだろう。好きなときに好きなものを食べて生きていって、ただそれだけで満足なのだ。

2018年10月11日木曜日

『朝日ぎらい』橘 玲

 朝日新書。副題「よりよい世界のためのリベラル進化論」。
 本屋に行って報道関係の書籍の棚をみると、その多くが朝日新聞批判の本で埋められている。他の新聞社についての本はほとんど見られない。どうしてなんだろうと常々思っていたところ、本書を見つけ、読んでみることにした。
 結論から言うと、この本には「朝日新聞」そのものが嫌われる理由についてはきちんと書かれていない。リベラルや保守というものがどういう立場を指すものなのか、さらにこのふたつの言葉が日本ではどのように捉えられているかについての解説があり、その上で、リベラルがうさんくさいと感じられる理由、叩きやすい理由、叩かれる理由などについて考察している。おそらく「朝日新聞=リベラル」という前提の上で書かれているのだろう。そんなのは当たり前だという意見もあろうが、私にとってはそうでもない。
 リベラルや保守についての説明はとてもわかりやすい。立場の違いに加えて、どんな人がリベラルになりやすいのかなどについての解説も、(いやな気分にはなるものの)わかりやすい。なるほどこれらはアメリカの分断をよく説明している。ただ、これを日本に置き換えたときに、途端にわかりづらくなる。「日本的リベラル」は、「リベラル」とはちょっと毛色が違うようだ。例えば一応リベラルとされている日本共産党は、今はやや中道寄りに戻ったとはいえ、その前は保守的な政党だったのだという。現政権の安部首相は自分のことをリベラルだと表現したりもしている。ほら、わからなくなったでしょう。
 この辺りの本書での記述は省略するが、リベラルのうさんくささの理由のひとつは、彼らは他人に対してはリベラルを主張するくせに、自分たちはリベラルを実践していないというダブルスタンダードにあると著者は述べている。それを踏まえて、朝日新聞がリベラルを標榜するんだったら、まず自分たちの会社(新聞社)の組織、行動をリベラルにするべきだし、もっと徹底的にリベラルを主張しなさいみたいなことを言っている。簡単に言えば、本書は「日本的リベラル」批判の本である。
 本書の内容は納得できる部分も多いが、一部論理の飛躍があり、ついていけない部分もある。ただ、一般的に「リベラル」とはどういう立場のことを指すのかについては、本書から学ぶことは多かった。ちなみに著者は自分のことをリベラル、さらに言えばサイバーリバタリアンに近いと述べている。

2018年10月3日水曜日

『シネマ』村治佳織

 2018年。CINEMA。
 映画音楽だけを収めた、CDデビュー25周年の記念アルバム。彼女はこれまでも映画音楽を数多くギターで演奏してきたけれど、全曲これだけで一枚完成させたのは初めて。2曲で弟の村治奏一が参加している。
 『テーマ(「第三の男」)』、『ムーン・リバー(「ティファニーで朝食を」)』、『愛のロマンス(「禁じられた遊び」)』など有名曲も多いが、『ある午後の数え歌(「アメリ」)』や『デボラのテーマ(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」)』など、知らない曲もあった。
 どの曲でも、円熟という名にふさわしい安定した余裕のある演奏をみせている。もともと好きな曲だった『楽しみを希う心(「ピアノ・レッスン」)』、『愛のテーマ(「ニュー・シネマ・パラダイス」)』はもちろんのこと、『人生のメリーゴーランド(「ハウルの動く城」)』、『望郷(「ふしぎな岬の物語」)』、『アズ・タイム・ゴーズ・バイ(「カサブランカ」)』、『テーマ(「シンドラーのリスト」)』、『ガブリエルのオーボエ(「ミッション」)』なんかが特によかった。ただ、アルバム全体を通してギターの音が弱音器をつけたピアノのようになんとなくくぐもった感じがして、抜けが悪いように感じた。わざとそうしているのか、それとも私の試聴環境の悪さのせいでそうなってしまっているのかはわからないのだけれど。

2018年9月30日日曜日

『ブルンディ・ムバンガ/ウォッシュト(2018)』横井珈琲

 Burundi Mpanga Washed。ブルンディのムバンガ・ウォッシングステーションのコーヒー。ブルンディの農家は小規模なものが多く、ウォッシングステーションと呼ばれる生産処理場に持ち込んで、コーヒー豆を処理しているのだという。だからこの豆も、ムバンガ地区の豆ではあろうけれど、単一農園のものではない。以前このブログではナチュラルプロセスによるものを紹介したが(記事)、この豆はフーリーウォッシュトという処理方法によるもの。
 中煎りで、あまり強い個性はない。すっきりとさわやかなのどごしで、飲みやすい。グレープフルーツっぽい感じがしないでもない。横井珈琲のホームページでは、ジャスミン、ラズベリー、パッションフルーツの風味と書いてあるけれど、私の舌ではあまりそのような印象は受けなかった。くせが少ないので、わりと万人向けかもしれない。

工房 横井珈琲

2018年9月29日土曜日

『「あなた」という商品を高く売る方法』永井 孝尚

 NHK出版新書。副題「キャリア戦略をマーケティングから考える」。
 芸能とかフリーランス向けに書かれた本かと思って手に取ったのだが、 そうではなかった。副題にあるとおり、キャリア戦略をどう考えて、自分の力を発揮していくとよいかマーケティング理論を元に解説しているのが本書である。
 みんなと同じことをやっていても「自分」の評価は上がらないということが基本としてはある。自分のできることで他人が簡単に真似できなくて、かつ会社や社会が求めるものを、どうやったら身につけることができるのかを指南している。ここには著者の経験や会社や自治体の観光広報など、具体例がたくさん出てくるので、わかりやすい。成功している人たちは結局は似たような状況を自分自身につくりだして成功しているのだろうけれど、それを紆余曲折して手当たり次第に「当たり」を探すのではなくて、戦略的に能率よくやるにはどうすればよいか。それがこの本には書かれている。
 とはいえ本書の内容は一般化されているので、それを個々の自分自身に置き換えたときどう行動すればよいかは、自分で考えなければならないのであるが。

2018年9月26日水曜日

『冬の大地の水族館』詩月あき

 オホーツク海沿いにあるとある水族館で友人が撮った写真の子供たちがとてもかわいらしかったので、イラストにさせていただきました。
 その写真に写っていた魚はここには描いていないので、この絵はどこの海かと言われると困るのですが、北の大地、具体的には富良野・美瑛辺りをイメージして描きました。富良野は北海道のへそ(緯度経度が北海道のちょうど真ん中にあるので)と言われるところで、海なんかないので、これは海ではなくて空だよ、と答えておきましょうか。

2018年9月22日土曜日

『Raising Sand』Robert Plant & Alison Krauss

 2007年。
 私はレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の曲、そしてそのヴォーカルの声が好きだったが、実はソロになってからのロバート・プラントの歌を聴くのは、これが初めてだった。彼の時代のハイトーン・ヴォイスは影を潜めて、ごく自然体で無理なく歌っている。何も知らずにこのアルバムを聴いたら、9曲目の「Fortune Teller」まで彼の声だと気づかなかったに違いない(7曲目でセルフカヴァー「Please Read the Letter」が収録されているのにもかかわらず)。そしてアリソン・クラウス。フィドル弾きのブルーグラスの大御所らしい。高音のきれいな声がロバート・プラントのいい具合に力の抜けた声にぴったりとはまって、素敵なハーモニーを奏でている。「Stick With Me Baby」なんて特にそう。
 曲はカヴァーが多い。いかにもアメリカっぽいカントリーやフォーク、ロックンロールなど、バラエティに富んでいるが、全体的にはカントリー寄りの印象を受ける。この10年くらいでこの手の音楽にはかなりやられているが、このアルバムでさらにいっそう深みにはまり込んでいきそうだ。「Trampled Rose」や「Nothin'」の怪しげな響きがたまらない。アルバムの最後をトラディショナルの「Your Long Journey」で二人の美しいハーモニーとともに締めているなんて心憎い。それにしても1曲目の「Rich Woman」が1955年に作られた曲だと知ったときは驚いた。実に現代的な感じがしたものだから。音楽はどんどん新しいものへと進化を遂げているように見えて、実のところちょっと先に進んだと思ったらまた過去へと回帰したりして、必ずしも未来に進んでばかりではないということなのだろう。
 ちなみにこのアルバムはT.ボーン・バーネット(T Bone Burnett)のプロデュース作品ということでも話題に上っているようだが、私はプロデュースとかエンジニアにはとても疎いので、よくわからなくてすいません。

『100円のコーラを1000円で売る方法』永井 孝尚

 KADOKAWA/中経出版。
  営業バリバリだった勝ち気な宮前久美が、自ら進んで商品開発部に乗り込み、上司である与田誠のもとでマーケティングの基礎を身につけていくという小説仕立てのビジネス書。
 宮前の企画や考え方はわりと一般の人に近いんじゃないかと思う。でもそれはマーケティングで失敗してしまう典型でもあって、ではどうすればいいのかが中学生くらいにでも十分に理解できるようにわかりやすく物語が進んでいく。実際のところタイトルの『100円のコーラを1000円で売る方法』というのはほんのちょっと軽く触れられている程度で、本書の目的はその方法を教えることにあるのではなく、あくまでマーケティングの理論を一般の人に気軽に親しんでもらうことにある。お客様の言いなりの商品は売れないだとか、値引きの作法、省エネルックは失敗したのにクールビズは成功した理由など、興味深い内容が盛り込まれている。
 この本に書かれていることはどの本にも書かれていることで新味がないなんて批判は、論点がずれている。この本はマーケティング理論を追究するものではなく、どちらかと言えば一般向けの啓蒙に近い本なのだから。マーケティングのとっかかりとして、とても入り込みやすい内容だと思う。個人的にすっきりしない読後感になったのは、この本には「2」「3」と続きがあるということを最後の方になって突然知らされたからである。