2018年10月30日火曜日

『自衛隊防災BOOK』マガジンハウス

 マガジンハウス。
 地震、台風、大雨など、災害大国でもある日本。そこで、危機管理のプロである自衛隊に防災テクニックを習いましたという体で、100の防災に関するポイントを掲載している。日頃の備え、発災時に役立つこと、被災時に役立つこと、日常生活に役立つことに分けて、解説している。
 自衛隊ならではというものもあるが、一般的に誰でも知っておいた方がいいという項目も多い。ただ、この100項目の選び方は、やはり危機管理のプロの視点が反映されているだけあって、かなり有用な知識ばかりだと思った。地震時に身をかがめて小さくなるのではなく、上に注意せよだとか、山で道に迷ったら下界に向かうより上に向かっていい方がいいなど、目から鱗的なネタで詰まっている。
 中にはイヤホンを絡まず結ぶ方法とかブーツをピカピカにする方法とか、防災と何が関係あるのかよくわからないものもあったり、ロープの結び方などわかりづらい説明のところもあるけれど、総じて役に立つことが多いと思う。手元に置いておく価値はある一冊。

2018年10月28日日曜日

『鼓動する日本画 CONNECT』北翔大学北方圏学術情報センターポルトギャラリー

 2018年10月27日~11月11日。
 2011年に道内作家6名が企画を立ち上げ、2013年から開催している「鼓動する日本画展」が今年もやっていたので行ってみた。
 日本画って何?という議論は以前からあって、その定義づけは不可能だし不毛だよね、という一応結論なのかなんなのかよくわからないけれど、そんな結論らしいものは出たんだけど、やっぱり今でも「日本画」と称して作品はたくさん生み出されてるし、日本画は生きてるよね、という了解のもと、この展覧会は開かれるようになったらしい。それが「鼓動する」という言葉に込められているんだけど、まあ難しく考えないで、岩絵具と膠が使われていればいいじゃん、ということらしい。こういう書き方をすると主催者の意図がきちんと伝わらないのかもしれないので、ちゃんとパンフレットを引用すると、「岩絵具と膠を用いた制作物の、日本画としての臨界点を見極めようとする鋭いまなざし」がここにはある。
 その視点を念頭にこの展覧会を眺めてみると、実におもしろい。立体作品あり、マンガありアニメあり、正統的な日本画の概念に近い作品もあれば、一見日本画には見えないものもある。日本画に見えたとしても油断はできない。デジタルで描いたものを印刷したものだったりする(お絵描きソフト「SAI」でここまで描けるのか、と驚く)。もうこうなってくると、マンガやアニメもそうだけど、岩絵具も膠も使っていないじゃないか、ということになってしまうのだけれど、やっぱりそこには日本画の精神が宿っているように見えてくるのだから、不思議でしょうがない。こんなことを言ってる自分自身が「日本画の精神」が何ものかわかってないくせに、そう思わせてしまうところに、この展覧会のおもしろさがある。ひとつひとつの作品について感想を書いてみたい気持ちは山々なんだけど、すごく長くなってしまいそうなので、以下に出展作家を記載しておく。ちなみにワークショップやギャラリートーク、シンポジウムも開かれている。

【出展作家】
蒼野甘夏、朝地信介、上野秀実、紅露はるか、平向功一、水野剛志、吉川聡子
(以下、招待作家)久保奈月、中村あや子、外山光男、松浦シオリ、ヤマモトマナブ

「北翔大学北方圏学術情報センターPORTO」札幌市中央区南1条西22丁目1-1ポルトギャラリーA、B室

『不死身の特攻兵』鴻上 尚史

 講談社現代新書。副題「軍神はなぜ上官に反抗したか」。
 太平洋戦争末期に、アメリカ軍の戦艦等に飛行機に乗ったまま体当たりを命じられた特攻兵。その中に、9度出撃命令が下ったにもかかわらず9回帰還した航空兵がいたという。本書はその人物、佐々木友次氏への取材等を元にした実際のそのときの状況と、そのインタビュ-記事、そして特攻など戦時に対する著者の考えなどをまとめたものの3部構成からなっている。
 お国のために自分の命をかけて志願して敵艦に向かっていった特攻兵。そんなステレオタイプが世に出回っているけれど、本当の状況はそういうものではなかったということがよくわかる。2行目であえて「体当たりを命じられた」と書いたのはそういうわけだ。訓練を受けて能力も経験もある兵士であればあるほど、特攻隊という戦略の無意味さを噛みしめていたという。佐々木氏は、敵艦を爆撃して生きて帰ってくることにこそ意味を見いだしていた(実際に撃沈もさせている)。しかし、帰還する度に、次は死んでこい、帰ってくるなと上官から責められ、次の出撃命令を受けていたのだという。死ぬことが目的化してしまったものが特攻隊なのだ。
 著者は、これら一連の出来事の底流には、命令する側、命令される側の非対称を指摘する。さらにもうひとつ加えるならば傍観する者。特攻兵が実際に感じていたことは特攻兵にしかわからない。しかし生き残った特攻兵の回想は、特攻兵ではなかった者から非難されることがあったりする。そんな気持ちで特攻兵が突撃していったはずはない、と。また、特攻を批判する声に対して、特攻兵に対する侮辱だと怒る人もいるが、それは命令をした側に対する批判を、命令される側であった特攻兵に対する批判だとすり替えているとも指摘している。戦後の東久邇宮首相による一億総懺悔発言は、この命令する側の責任をなかったものにしていると糾弾する。生まれたばかりの赤ん坊と戦争を進めた軍部の責任がまったく同じわけはないと。
 ともすれば美談として語られる特攻兵や戦時下の状況は、決して美談として片付けてはいけない、と強く考えさせられた。真実から目をつぶってはいけない。そして戦争の記憶を次の世代にもつなげていかなければならない。現代の日本の状況は、この頃とまったく変わっていない負の側面があるように感じる。気をつけないとまた同じことが起きる。

2018年10月24日水曜日

『Songs for Ellen』Joe Pass

 1992年録音。ジョー・パス。
 死の2年前、ガットギター1本だけで奏でられたジャズギターのアルバムで、『Unforgettable』(私の記事)と同日に録音されている。とても自由な指さばきで軽々と弾いていて、音数もかなり多いのに、ゆったりとして静かな雰囲気のアルバムになっている。メロディと伴奏、ベースがきちんと分離しているから、ごちゃごちゃして聞こえないのだと思う。15曲収録されていて、中には『The Shadow of Your Smile』『I Only Have Eyes for You』『How Deep Is the Ocean』『Blue Moon』のような、どこかで一度は耳にしたことがあるような有名曲もちらほら入っている。2曲目は『Song for Ellen』で、アルバムタイトルももちろんこれから採られたものだけれど、とてもきれいで素敵な曲だ。エレンは奥さんの名前だ。
 彼はエレキギターを使った演奏も多いけれど、晩年は鉄弦やナイロン弦の生の音を好んで録音するようになったという。これもそのナイロン弦の生音のやさしさ、微妙なタッチがよくわかるアルバムになっていて、まるでリビングのソファに軽く腰掛けて弾いている彼のギターを隣で聴いているかのような、アットホームな暖かさに包まれている。

2018年10月20日土曜日

『お気に入りの帽子』詩月あき

 B2判(728×515mm)。この大きさの絵を描いたのは4月に港の風景を水彩で描いて以来。主題はアクリルガッシュを使っていますが、背景だけふつうのアクリル絵の具も使っています。アクリルガッシュはマット(艶なし)な感じなのですが、最後にグロスバーニッシュという艶出し保護剤をかけたので、全体的にテカった仕上がりになっています。マットバーニッシュの方がいいのかな、と悩んだ上での選択です。あと、写真ではわかりづらいですが、背景以外はモデリングペーストを使っているので、ちょっと盛り上がっていて、ペインティングナイフの跡が残っています。そういう質感は実物を見てもらいたいなと思っているのですが、なかなか簡単には見てもらう機会はないですね。
 サバンナに住む動植物に統一したかったので、マサイキリンとサバンナモンキーの子供とアカシアをモチーフにしたのですが、デフォルメしすぎて、キリン以外はなんだかよくわからなくなってしまいました。以前は水彩スケッチばかり描いていたのですが、最近自分の絵の方向性がよくわからなくなっています。いつになったら自分のスタイルが固まるんだろう。

2018年10月18日木曜日

『月刊MdN 2018年11月号』MdN編集部

 特集は「明朝体を味わう。」。付録小冊子として、「明朝体テイスティングリスト」という書体見本帳がついている。このリストは特集と連動していて、取り上げられている27書体すべての見本帳となっている。
 とても素敵な特集。築地体や秀英体に始まり、石井中明朝体や本明朝、A1明朝、リュウミン、筑紫明朝など、27書体の成り立ち、つくられた背景、その書体の持っている雰囲気などが、小宮山博史さん、藤田重信さん、小塚昌彦さん、祖父江慎さんといった錚錚たるメンバー(彼ら以外にもすごい人たちがいっぱい)への取材を元に解説されている。この特集を読むと、明朝体の歴史がわかるといってもいいくらい、詳しく、しかもわかりやすく書かれている。私は絶対フォント感は持っていないので、それぞれの書体をきちんとは見分けられない。でもすごくおもしろい。光調という書体だけ知らなかったけど、なんとあの田中一光さんのレタリングを元にした字だった。
 惜しいのは、それぞれの書体の解説ページのタイトルや本文文字、吹き出し文字が、その解説書体ではないことだ。この特集全体のテイストを揃えるためだとはいえ、もっとバリバリと露出してほしかった。精興社書体や石井中明朝体など、雑誌に印刷するのが難しそうなのは確かにあるのだけれど。あと、似顔絵がちょっと若づくりすぎやしないかとも思ったが、それも愛嬌だろう。
 それぞれの書体について思うところはたくさんあるのだけど、また機会があれば記事にしたい。文字好きにはたまらない一冊です。

『Love Dance』Romero Lubambo

 2000年。ホメロ・ルバンボ。ブラジルのジャズ・ギタリスト。
 本作には、インスト3曲と歌もの3曲が収録されている。歌っているのは奥さんのパメラ・ドリッグス(Pamela Driggs)。伸びやかで美しい声が印象的だ。明るくにぎやかな『By the Brook』、エレクトリックな都会的な雰囲気を持ちながらも、ブラジリアンな香りも漂うバラード『Love Dance』、ブラジルの女性シンガー・ジョイスに捧げた『Re:Joyce』で参加している。実はこの『Re:Joyce』が聴きたくてこのアルバムを買っていたりする。
 ギター主体のインストは、静かなしっとり系バラードの『NOS』、スペインのヴァレンシア地方の印象を綴ったさわやかな『Valencia I』、やわらかなギターの音で渋いメロディと素敵なアドリブを披露した『The Look of Love』から成る。
 ホメロ・ルバンボのギターはちょっと荒い感じがすると今まで思っていたのだけれど、このアルバムはとても丁寧に奏でられている印象を受けた。クラシックとブラジル音楽の素養を持つジャズ・ギタリストとして、私の好きなギタリストのひとりだ。

2018年10月17日水曜日

『微燻正山小種(2015)』遊茶

 びくんせいざんしょうしゅ。中国で一番古くからある紅茶だといわれている。後にヨーロッパ等で「ラプサン・スーチョン」と呼ばれるようになり、今ではこの片仮名の呼び方の方が通りがいいと思う。松の樹皮の燻香のついた独得の香りと風味が特徴だけれど、この香りは元々は偶然ついたものだという。
 ラプサン・スーチョンを初めて飲む人は、おそらく、なんだこのお茶、と感じることが多いことかと思う。それが飲んでいるうちに、その捉えがたい魅力にとりつかれてしまうことになるのだけれど、この『微燻正山小種』は、初めての人でもすぐにおいしく感じるのではないだろうか。やわらかでほのかな燻香は、他の紅茶メーカーから出ているラプサン・スーチョンとは違って刺激が少なく、穏やかに口の中を泳ぎ鼻をくすぐる。遊茶によると、このお茶のように昔ながらの製法でつくられている正山小種は数が少ないということらしいから、きつい香りはヨーロッパの人たちの好みに合わせたものなのかもしれない。もしくは「微燻」とわざわざ銘打っていることから、このお茶は元の正山小種よりもかなり抑えめに香りをつけているだけなのかもしれないが。
 香りを楽しめるだけでなく、味も甘さが際立っていて、とてもおいしい紅茶。

遊茶』東京都渋谷区神宮前 5-8-5

2018年10月13日土曜日

『tamago』あいみょん

 2015年。
 1曲目の『貴方解剖純愛歌~死ね~』から、いきなり強烈なパンチを喰らう。この曲がデビュー作らしいのだけれど、愛をこんな形で表現してしまう「あいみょん」というシンガーソングライターの行く末が恐ろしい。私は邦楽を聴くときもあまり歌詞が耳に入ってこない方なのだが、彼女の歌はまっすぐに心臓めがけてやってくる。
 実はそんな直球勝負の素直すぎる歌詞だけだと、そんなに好きにはならなかったのかもしれない。その歌詞を乗せているメロディやアレンジ、そして彼女のちょっとがさつな自然な歌声もまた、私の心を虜にする。
 ときどき自分の音楽的趣味がわからなくなる。きっと私は雑食なのだろう。好きなときに好きなものを食べて生きていって、ただそれだけで満足なのだ。

2018年10月11日木曜日

『朝日ぎらい』橘 玲

 朝日新書。副題「よりよい世界のためのリベラル進化論」。
 本屋に行って報道関係の書籍の棚をみると、その多くが朝日新聞批判の本で埋められている。他の新聞社についての本はほとんど見られない。どうしてなんだろうと常々思っていたところ、本書を見つけ、読んでみることにした。
 結論から言うと、この本には「朝日新聞」そのものが嫌われる理由についてはきちんと書かれていない。リベラルや保守というものがどういう立場を指すものなのか、さらにこのふたつの言葉が日本ではどのように捉えられているかについての解説があり、その上で、リベラルがうさんくさいと感じられる理由、叩きやすい理由、叩かれる理由などについて考察している。おそらく「朝日新聞=リベラル」という前提の上で書かれているのだろう。そんなのは当たり前だという意見もあろうが、私にとってはそうでもない。
 リベラルや保守についての説明はとてもわかりやすい。立場の違いに加えて、どんな人がリベラルになりやすいのかなどについての解説も、(いやな気分にはなるものの)わかりやすい。なるほどこれらはアメリカの分断をよく説明している。ただ、これを日本に置き換えたときに、途端にわかりづらくなる。「日本的リベラル」は、「リベラル」とはちょっと毛色が違うようだ。例えば一応リベラルとされている日本共産党は、今はやや中道寄りに戻ったとはいえ、その前は保守的な政党だったのだという。現政権の安部首相は自分のことをリベラルだと表現したりもしている。ほら、わからなくなったでしょう。
 この辺りの本書での記述は省略するが、リベラルのうさんくささの理由のひとつは、彼らは他人に対してはリベラルを主張するくせに、自分たちはリベラルを実践していないというダブルスタンダードにあると著者は述べている。それを踏まえて、朝日新聞がリベラルを標榜するんだったら、まず自分たちの会社(新聞社)の組織、行動をリベラルにするべきだし、もっと徹底的にリベラルを主張しなさいみたいなことを言っている。簡単に言えば、本書は「日本的リベラル」批判の本である。
 本書の内容は納得できる部分も多いが、一部論理の飛躍があり、ついていけない部分もある。ただ、一般的に「リベラル」とはどういう立場のことを指すのかについては、本書から学ぶことは多かった。ちなみに著者は自分のことをリベラル、さらに言えばサイバーリバタリアンに近いと述べている。

2018年10月3日水曜日

『シネマ』村治佳織

 2018年。CINEMA。
 映画音楽だけを収めた、CDデビュー25周年の記念アルバム。彼女はこれまでも映画音楽を数多くギターで演奏してきたけれど、全曲これだけで一枚完成させたのは初めて。2曲で弟の村治奏一が参加している。
 『テーマ(「第三の男」)』、『ムーン・リバー(「ティファニーで朝食を」)』、『愛のロマンス(「禁じられた遊び」)』など有名曲も多いが、『ある午後の数え歌(「アメリ」)』や『デボラのテーマ(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」)』など、知らない曲もあった。
 どの曲でも、円熟という名にふさわしい安定した余裕のある演奏をみせている。もともと好きな曲だった『楽しみを希う心(「ピアノ・レッスン」)』、『愛のテーマ(「ニュー・シネマ・パラダイス」)』はもちろんのこと、『人生のメリーゴーランド(「ハウルの動く城」)』、『望郷(「ふしぎな岬の物語」)』、『アズ・タイム・ゴーズ・バイ(「カサブランカ」)』、『テーマ(「シンドラーのリスト」)』、『ガブリエルのオーボエ(「ミッション」)』なんかが特によかった。ただ、アルバム全体を通してギターの音が弱音器をつけたピアノのようになんとなくくぐもった感じがして、抜けが悪いように感じた。わざとそうしているのか、それとも私の試聴環境の悪さのせいでそうなってしまっているのかはわからないのだけれど。